2012年9月20日木曜日

大変お忙しいクリス・バズビー氏との会話


大変お忙しいクリス・バズビー氏との会話

クリス・バズビー氏が、ECRR (European Committee on Radiation Risk/欧州放射線リスク委員会)の放射線リスクモデルが「最近日本の法律に取り入れられた」と最新の文書で述べられていると聞きました。

放射能に関してはICRP(International Commission on Radiation Protection/国際放射線防護委員会)が標準である日本政府が、そのようなリスクモデルを取り入れると言う大胆な方策を取ったと言うことを聞いてなかったので、是非とも、どの法律であるのかご教示頂きたいと、バズビー氏にお尋ねしてみました。

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こちらが、件の文書のリンクです。これは、“Formal Report to the UNHRC, United Nations Human Rights Council”(国際連合人権理事会への正式報告)の一部として提出された、
The Current Radiation Risk Model and its affects on Human Rights” (現在の放射線リスクモデルとその人権に対する影響)と言うタイトルの文書です。
http://nuclearjustice.org/wp-content/uploads/2012/09/UAJWritten-statements-Busby-UNHRC-13th-Sept.pdf

この文書はこちらからもダウンロードして頂けます。
https://docs.google.com/file/d/0B68f83tqq7QuYkp2SGVhR2UwV1E/edit

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問題の箇所は、文書自体の1ページ目の終わりから2ページ目にかけての部分の中にあり、下記の抜粋においては赤太字で示してあります。

原文
“The averaging process leading to ‘absorbed dose,’ whilst possibly accurate for external exposures, cannot be employed for internal exposures especially to nuclides with chemical affinity for chromosomal components. This has been accepted by the ICRP in its latest report ICRP 103 and regulators are advised to employ different methodology for these internal exposure situations. Such methodology has indeed been developed by the ECRR and the use of the radiation risk model of the ECRR (recently incorporated into Japanese law) leads to accurate prediction of the results of such exposures (ECRR2010).”

和訳
「『吸収線量』を求めるための平均プロセスと言うのは、外部被ばくに関しては正確であり得るかもしれないが、特に染色体成分への化学的親和力を持つ核種への内部被ばくの場合には使えない。これはICRPの最新報告書『ICRP 103』で認められており、規定者は、このような内部被ばくの状況の際には、別の方法論を用いるように勧告されている。こういう方法論は、実はECRRによって開発されており、ECRRの放射線リスクモデル(最近日本の法律に取り入れられた)は、そのような被ばくの結果を正確に予測する事ができるのである。(ECRR2010)」

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下記は、私共、FRCSR (Fukushima Radiation Contamination Symptoms Research) とバズビー氏の間でのメールのやり取りの和訳です。.
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2012年9月3日

FRCSR
バズビー博士、宜しければ、国連人権理事会に提出された文書(添付してございます)の中の下記の文章についての質問にお答え頂けないでしょうか?

「こういう方法論は、実はECRRによって開発されており、ECRRの放射線リスクモデル(最近日本の法律に取り入れられた)は、そのような被ばくの結果を正確に予測する事ができるのである。」

この文章内で、「最近日本の法律に取り入れられた」と言及されていらっしゃいますが、できましたらどの法律であるかご教示頂けないでしょうか?この情報は、日本国民すべてが認識すべきである、重要な情報であると思います。(ご存知かもしれませんが、政府は役立つ情報をいつも自発的に提示してくれるわけではありませんから。)

いつも有益なご活動、ありがとう存じます。

敬具
FRCSR
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2012年9月3日

バズビー氏
You need to contact Gen Morita who told me this. I forward this to him.

森田玄氏から聞いた情報なので、森田玄氏に聞いて下さい。これを彼に転送します。

Chris
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2012年9月3日

FRCSR
と言うことは、「最近日本の法律に取り入れられた」と言うのを、どの法律かと言う事を把握せずに書かれたと理解致しますが、それで間違いないでしょうか?森田氏にはこちらから連絡を差し上げれば宜しいでしょうか?それとも、あちらからご連絡頂けるのでしょうか?

敬具
FRCSR
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2012年9月4日

バズビー氏
I registered which law it was at the time. I am too busy to chase this up as i have a deadline on a book chapter and get about 500 emails a day. I would be grateful, if you want to know that you check it. I recall from memory it was a new law, just passed, relating to the building of new nuclear power stations, or the development of nuclear energy.

その当時はどの法律であったのかを把握していました。これを追求する時間は私にはありません。本の一章を仕上げる締め切りがせまっており、また、処理しなければいけないメールが一日に500通ほど来るからです。知りたいのならご自分で調べて頂くと助かります。私の記憶によると、制定したばかりの新しい法律で、新しい原子力発電所の建設か、原子力エネルギーの構築に関するものでした。
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メールでのやり取り、以上。

FRCSRが認識している範囲内では、ECRR基準が取り入れられた新しい法律はないと思います。日本ではほぼ全てがICRP基準に基づいています。

ちなみに、FRCSRには森田玄氏からのコンタクトはありませんでした。

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追記(2012年10月8日)

2012年10月4日に、バズビー博士から、件の法律は「原子力規制委員会設置法に対する附帯決議14」であるとのお知らせを頂きましたので、ここに報告致します。

原子力規制委員会設置法 http://law.e-gov.go.jp/announce/H24HO047.html
原子力規制委員会設置法に対する附帯決議 www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/current/f073_062001.pdf

「附帯決議十四:放射線の健康影響に関する国際基準については、ICRP(国際放射線防護委員会)に加え、ECRR(欧州放射線リスク委員会)の基準についても十分検証し、これを施策に活かすこと。また、これらの知見を活かして、住民参加のリスクコミュニケーション等の取組を検討すること。」

調べてみますと、「原子力規制委員会設置法案は平成24年6月15日に衆議院で可決、同年6月20日に参議院で可決され、同年6月27日に公布された。」と言う事です。

また、同年9月19日、原子力規制委員会の発足と同時に、原子力規制委員会設置法も正式に施行されました。
http://kanpou.npb.go.jp/20120914/20120914g00201/20120914g002010009f.html

附帯決議について調べました。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/aramashi/keyword/katudo01.html

「法律案が可決された後、その法律案に対して附帯決議が付されることがあります。附帯決議とは、政府が法律を執行するに当たっての留意事項を示したものです が、実際には条文を修正するには至らなかったものの、これを附帯決議に盛り込むことにより、その後の運用に国会として注文を付けるといった態様のものもみ られます。附帯決議には、政治的効果があるのみで、法的効力はありません。 こうして委員会で可決された法律案は、本会議に上程され同一会期に両院で可決 されると、政府による公布手続を経て法律となります。」

「附帯決議には、政治的効果があるのみで、法的効力はありません。」と述べられています。



2012年9月10日月曜日

15ヵ国の原子力労働者40万人における平均年間被曝線量

15ヵ国の原子力労働者40万人を対象にした研究論文内のデータより、各国の平均年間被曝線量を計算しました。

研究論文
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17388694
The 15-Country Collaborative Study of Cancer Risk Among Radiation Workers in the Nuclear Industry: design, epidemiological methods and descriptive results.

この論文は、イアン・ゴッダード氏のビデオでも取り上げられており、6分50秒より、計算に使用された表が出てきます。

「Fukushima Radiation NOT SAFE」(日本語字幕付)
http://www.youtube.com/watch?v=ywKv0dj3UuY#t=6m2s

書き起こし日本語訳
https://docs.google.com/file/d/0B6kP2w038jEAc2xxSUhsQWJxYkE/edit

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15ヵ国の原子力労働者における平均年間被曝線量
計算方法
論文内の表5の下の部分の、「Table 5 Extended」の中の、左から4番目のAverage individual cumulative dose (mSv) (平均個人累積被曝線量)を左から3番目の Average length of employment (平均雇用年数)で割り、平均年間被曝線量を求めました。

2012年9月8日土曜日

考察 IPPNWの医師の甲状腺異常に対する見解について


核戦争防止国際医師会議(International Physicians for Prevention of Nuclear WarまたはIPPNW)
の第20回世界会議が、2012年8月24日から26日まで広島で開催されました。その後、代表団は福島県の視察をし、川内村などを訪問しました。8月29日には東京で記者会見を行いました。

IPPNWからの勧告「福島の原発事故後の人々の健康を守るために」のPDFはこちらでご覧になれます。

日本語
http://tokyohankaku.up.seesaa.net/image/EFBCA9EFBCB0EFBCB0EFBCAEEFBCB7E59BBDE99A9BE58CBBE5B8ABE59BA3E381AEE58BA7E5918A.pdf

英語 http://fukushimasymposium.files.wordpress.com/2012/08/20120829_ippnw_recommendations_fukushima.pdf

IPPNWの、年間5ミリシーベルト(子供や妊婦は1ミリシーベルト)以上の被曝が予測される人達に医療的、社会的、そして経済的な支援を提供するべきであり、年間被曝量を1ミリシーベルトに下げるべきである、と言う内容を含む勧告自体は意味を成しており、適切に思えます。

しかし、IPPNWのメンバーの医師2人による、福島県の子供たちの甲状腺異常の割合の高さに関するコメントについては、懸念すべきものがあります。

こちらにある、第7回福島県「県民健康管理調査」検討委員会 次第で、県民健康管理調査の一部である甲状腺検査の結果を見ると分かるように、福島県の約36万人の子供の中の38,114人の35%に、甲状腺エコー検査で結節かのう胞が見つかりました。

第7回福島県「県民健康管理調査」検討委員会 次第
http://www.pref.fukushima.jp/imu/kenkoukanri/240612shiryou.pdf

この記者会見内で、IPPNW次期共同代表であり、オーストラリアの感染症学および公共衛生学専門医のティルマン・ラフ医師と、同じくオーストラリアの核放射線医学専門医のピーター・カラモスコス医師により、福島県の子供たちの甲状腺検査結果についての意見が述べられましたので、その部分のみを英語で書き起こしたものを、ここに和訳致しました。

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質問:福島の子供達の35%に甲状腺異常が見つかったことについて、どう思われますか?

ラフ医師
「このデータは明らかに重要であり、こうした調査とデータを収集を、定期的に繰り返す必要がありますし、妥当なことです。こういった調査の結果と言うのは方法に依存します。また、福島で影響を受けた人達の追跡調査において重要なのは、時間の経過による変化と、汚染がひどくない地域との比較です。

この調査は、紛れもなくベースラインの調査です。生物学的に、そしてチェルノブイリや他の場所での経験から見て、事故後に甲状腺異常がそんなに早くに見つかるとは思えません。これらののう胞や結節のほとんどは、とても小さなものです。近い将来、日本の他の汚染が少ない場所で調査をすると言うのは、良い決断だと思います。」


カラモスコス医師
「この調査で結節が多く見つかった事は、私達が甲状腺について知っている事や過去の研究と釣り合っています。一般的に言われていることに反して、甲状腺結節は子供には良くあるのです。もちろん、ほとんどの子供には見られませんが、良くあります。検査に使用されるエコー機器の感度が良ければ良いほど、色々と見つかるのです。この程度の結節の比率は、間違いなく、子供たちに良く見られる範囲内です。

実際、福島県立医科大学の鈴木医師は、検査結果には直径1ミリの結節が含まれていると言われてました。今までの研究ではこんなに小さなサイズの結節は含まれていませんでした。なので、結節が35%の子供たちに見つかっても、驚くことではありません。

最後に、甲状腺の結節やのう胞と言うのは、必ずしも病気ではないと言うことを強調するのが大切です。実際の所、結節やのう胞と言うのは、甲状腺の普通の発達の一部なのです。なので、お子さんに結節やのう胞が見つかったご家族は、そんなに心配する事はありません。これはベースライン調査です。ベースラインを把握して、将来的に追跡調査をし、甲状腺がんになる人がいるのかを調査するのです。今、現在、病気であると言う事ではありません。」


質問:福島視察の際に、福島医大の医師達と核戦争防止会議の医師達との間で、セカンド・オピニオンが受けにくいと言うことに関しての論争はありましたか?


カラモスコス医師
「セカンド・オピニオンというのは、患者の基本的な権利です。その権利は否定できません。」

ラフ医師
「この件に関しての結論としてのコメントを述べさせて頂きたいのですが、甲状腺異常がかなり懸念されているのは明らかのようです。チェルノブイリ後に、予期なく早い時期に、子供の甲状腺がんが急増したと言う事から学ぶ事は重要です。そして先日発表されたWHOの推定被曝量の報告では、子供の甲状腺被曝量は、国際的ガイドラインにおいて安定ヨウ素剤を摂取するべきであった範囲内であると推定されていました。でも、日本では安定ヨウ素剤は使用されませんでした。なので、甲状腺の追跡調査はより重要になります。」


質問:昨日の福島県の視察の後、事故がまだ収束していないのに、大人も子供も福島県に居住し続けて低線量被曝をし続けている事についてどう思われますか?

ラフ医師
「子供において、長期間の被曝の悪影響に対しての感受性が増加するという事は広く認識され、記述もされています。それを考えると、子供たち、そして妊婦を優先的に(避難に対して)考慮するのは非常に適切です。

移住を選択する人達、特に子供と移住をしたい人達をサポートするにあたり、首尾一貫した客観的な基準をもうける事が大切だと思います。これは、被曝推定量に基づくべきです。これは、社会的公正という重要な問題です。多くの人は、もしも移住できるなら移住をする選択をするであろうからです。」
 
(書き起こし和訳ここまで)
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失礼かもしれませんが、ラフ医師もカラモスコス医師も、小児科医でも甲状腺専門医のどちらでもありません。そして、福島県のみならず、近隣する他県、そして実は日本全国にどれほどの放射能汚染が広がっているのかを十分に把握されていないようにも思えます。また、福島県と近隣の他県において、日本政府や福島県立医科大学の目論見の裏で、人々がどのような思いをしているのかも、理解されていないと思います。

福島県放射線健康リスクアドバイザーおよび福島県立医科大学副学長であり、日本甲状腺学会の会長でもある山下俊一氏の手紙により、全国の甲状腺専門医にどのようなプレッシャーがかかっているのかをご存知なのでしょうか? 福島県立医科大学が患者がセカンド・オピニオンを求めるのを止めていないと言い張ったとしても、現実として、セカンド・オピニオンを提供できる医師を探すのは大変困難な状況です。福島県外の医師に、「福島の人は診てはいけない事になっています。」と告げられると言う報告が複数あります。

山下俊一氏の手紙はこちらでご覧になれます。
http://sos311admin.blogspot.com/2012/05/blog-post_19.html

実は、これは福島県だけの問題ではありません。東京や関東地方の人達にも甲状腺異常は見つかっています。やっとの思いで西日本へ避難したのに、甲状腺エコー検査で子供に結節やのう胞が見つかって嘆いている家族がいくつもあるのです。そして、子供を「甲状腺専門医」に受診させると、「普通です。」「生まれつきでしょう。」などと言われ、患者のものであるはずのエコー画像のコピーをもらえない事も多くあると聞きます。放射能被ばくの影響が心配なために甲状腺検査を受けたいと思っても、それを堂々と断る病院もあります。先日の毎日新聞の記事で、このような事について書かれていました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120826-00000010-mai-soci

この記事では、ラフ医師が言及しているように、福島県外の子供との比較データを得るための検査を実施すると言う、内閣府方針について書かれています。実際、そのような比較調査は必要であり、福島県と同様の検査水準や判定基準を用いるのは大切な事ですが、福島県立医科大学のこれまでの不透明さを考慮すると、中立的な立場の機関による監査を行うのが賢明と言えるかもしれません。

カラモスコス医師は、福島県立医科大学の器官制御外科学講座の教授であり、甲状腺検査の責任者、そしてさらには、先述の日本甲状腺学会による手紙の共同署名者である鈴木眞一氏の言葉に言及しています。 

鈴木眞一 http://www.fmu.ac.jp/kenkyu/Profiles/6/0000584/profile.html

鈴木氏は、カラモスコス医師に、検査に使用されたエコー機器の精度が高いために、直径1ミリの結節まで見つかっており、それが結果の35%に含まれていると説明したようです。しかし、公表された検査結果内では、5ミリ以下のサイズによる分類はされていません。

甲状腺結節のサイズによる分類:201人に5.0ミリまたは5.0ミリ以下の結節が見つかったが、何人に1.0ミリの結節が見つかったかという細かい分類はされていない。


甲状腺のう胞のサイズによる分類: 12,414人に5.0ミリか5.0ミリ以下ののう胞が見つかったが、何人に1.0ミリののう胞が見つかったかという細かい分類はされていない。



また、福島県の甲状腺検査の判定基準のガイドラインがどのようにして設定されたかと言う事に、疑問があります。このガイドラインによると、5ミリか5ミリ以下の結節や、20.0ミリか20.0ミリ以下ののう胞がある子供達は、2年後に再検査を受ける事になっています。

福島県「県民健康管理調査」検討委員会は、福島県立医科大学、放射線医学総合研究所、放射線影響研究所、広島大学や長崎大学のメンバー等で構成されています。福島県「県民健康管理調査」検討委員会議事録によると、このガイドラインは、甲状腺検査専門委員会診断基準等検討部会(通称、学外甲状腺専門委員会)によって設定されたと言う事でした。この学外甲状腺専門委員会というのは、次の7学会により構成されました。

     日本甲状腺学会 http://www.japanthyroid.jp/
     日本内分泌外科学会 http://jaes.umin.ac.jp/
     日本甲状腺外科学会 http://square.umin.ac.jp/thyroids/
     日本超音波医学会 http://www.jsum.or.jp/
     日本超音波検査学会 http://www.jss.org/
     日本小児内分泌学会 http://jspe.umin.jp/
     日本乳腺甲状腺超音波会議 http://www.jabts.net/

しかし、この学外甲状腺専門委員会の議事録と言うのは、少なくともインターネット上では見つからず、一体どういった経緯でガイドラインが設定されたのか不明です。(ちなみに、8月31日付けで、日本乳腺甲状腺超音波会議がどうやら一般競争入札により、前述の福島県外の子供における比較調査を委託されたようです。公正な調査になるのでしょうか。)

従って、日本の一般市民が、福島県立医科大学が誠意と透明性を持って対処をしてくれるとは信じ難い部分があります。そして、子供にちゃんとした医療を受けさせるどころか、検査についての十分な情報を得ることさえままならない、色々な家族からの様々な個々のケースを聞くと、35%と言うのは、単なる数字にしか見えなくなります。

ラフ医師は、世界保健機構(WHO)の「2011年の東日本大震災、津波による原発事故の放射線についての予備的な評価」 (WHO報告書)による、子供における甲状腺推定被ばく量は、国際的なガイドラインによると安定ヨウ素剤を必要とするものであったにも関わらず投与されなかった、と指摘しています。そのために、甲状腺に関してはさらに注意深く追跡調査をする必要がある、と注意を喚起しています。しかし、WHOによる甲状腺の推定被ばく量は、いくつかの理由により過小評価されている可能性があるかもしれません。

科学において、客観性というのは確かに大切ですが、基づいている「客観的データ」が正確でない場合、どうなるのでしょうか。外国人が、WHO報告書のような「公式」情報において「客観的データ」を求めるのは、言葉の壁と「公式」情報であるという事実のために、避けられないかもしれません。インターネット上で、個人が行っている土壌や食品の検査等の多くの信頼できる汚染情報が入手できたとしても、日本語が分からないと、そういった情報にアクセスできないでしょう。

「公式」な放射能測定であるからと言っても、真実であるとは限らないかもしれません。例えばWHO報告書において、「日本政府が20キロ圏内の住民を直ちに速やかに避難させた」と出てきますが、実際にはそのようではなかったと聞きます。SPEEDIなどの放射能プルーム拡散情報が発信されなかったため、避難した住民の中には、実際には知らずにプルームの方向へ、子供を連れて逃げた人達もいました。地元民の体験談という貴重な情報は、客観的データにはできないため、報告書になると、数字や計算の中に埋もれて消えてしまいます。不正確な情報に基づいた推定被ばく量は、信頼できるものとは言えませんが、科学者や研究者は、それをベースとして使用しています。残念なことに、WHO報告書や政府の報告書のデータを基にした研究論文はどれも、データの不正確さのために、妥当性や信頼性に欠けるかもしれません。

また、今は日本の多くの自治体で定期的に空間放射線量が報告されていますが、これはモニタリング・ポスト付近の汚染状況を表しているに過ぎません。もちろん自分が呼吸を通して吸入している空気の汚染度を知る事は大切ですが、空間放射線量というのは、モニタリング・ポスト付近のガンマ線を測定しているだけで、その個人の実際の被ばく状況を反映しているわけではありません。土壌や水源において、放射性セシウムのみならず、汚染している可能性がある全ての放射性物質の検査を行う事が重要です。飲食や呼吸によって体内に取り込まれた放射線核種による内部被ばくは、体に多大な被害を与えるからです。

福島第一原発から多くの放射性物質が放出されたにも関わらず、日常的に測定されるのは放射性ヨウ素とセシウムばかりです。先日、ストロンチウムとプルトニウムの汚染データが公表され、核分裂生成物による汚染が当初よりも広範囲である事が証明されました。

WHO報告書における甲状腺の推定被ばく量に関しては、ヨウ素131のみが考慮され、半減期が1570万年である、長寿命核分裂生成物であるヨウ素129は考慮されていないようです。ヨウ素129というのは、テルル129(半減期69.9分)とテルル129m(半減期33.6日)が崩壊してできます。群馬県高崎の包括的核実験禁止条約(CTBT)放射性核種観測所の報告書の4-6ページの粒子状放射性核種の放射能濃度の表によると、テルル129もテルル129mもかなりの量が放出されています。

原子力資料情報室: ヨウ素129
http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/10.html

高崎の包括的核実験禁止条約(CTBT)放射性核種観測所の報告書
http://www.cpdnp.jp/pdf/110427Takasaki_hreport_Apr23.pdf
文部科学省は、2011年10月31日に、2011年6月から7月にかけて採取された土壌サンプルを基にした、テルル129mの土壌濃度マップを発表しました。

http://radioactivity.mext.go.jp/ja/contents/6000/5050/24/5600_103120.pdf



ヨウ素129というのは、下記でリンクされている研究論文(英語)においてのように、半減期が8日と短いヨウ素131の濃度をさかのぼって推定する際に使われる事があるようです。

“Isotopic ratio of radioactive iodine (129I/131I) released from Fukushima Daiichi NPP accident.”
http://www.terrapub.co.jp/journals/GJ/pdf/4604/46040327.pdf

放射能被ばく後の甲状腺への影響において、ヨウ素129はあまり考慮されていないようですが、だからと言って人体に無害であるとは言えないようです。(英語リンク)

“Radiological and Chemical Fact Sheets to Support Health Risk Analyses for Contaminated Areas: Iodine”
http://www.evs.anl.gov/pub/doc/iodine.pdf

“Iodine-129 Handling Precautions”
http://www.lbl.gov/ehs/html/pdf/iodine129.pdf


米国の環境保護局(Environmental Protection AgencyまたはEPA)は、全ての放射性核種はグループA(人間にとっての)発ガン物質であると分類しています。実際、ヨウ素129は、EPA報告書402-R- 99 -011 「放射性核種への環境的曝露におけるがんリスク係数:連邦報告13」の中で、致死・非致死リスク係数のリストに含まれています。

EPA Publication 402-R-99-011   Cancer Risk Coefficients for Environmental Exposure to Radionuclides: Federal Report No. 13.
http://nepis.epa.gov/Exe/ZyPDF.cgi?Dockey=00000C9E.PDF

放射性ヨウ素を吸入により取り込んだ場合の致死・非致死癌リスク係数



放射性ヨウ素を牛乳の摂取により取り込んだ場合の致死・非致死癌リスク係数


さらに、甲状腺には放射性ヨウ素以外にもセシウム137が蓄積すると言う事が、ベラルーシ共和国から国外追放の身である、解剖学病理学医のユーリー・バンダジェフスキーの研究論文「小児の臓器におけるCs-137の慢性的な取り込み」によって分かっています。

小児の各臓器におけるCs-137の慢性的な取り込み
https://docs.google.com/open?id=0B68f83tqq7QuY0N6MlJYQnpLRjQ


結論として、現在の日本における異常事態での既知と未知の全ての事実や要因を考慮すると、福島の子供達の甲状腺エコー検査で見つかっている異常が、カラモスコス医師が言うように「甲状腺の普通の発達」の一部であると言い切ってしまえるのでしょうか?ラフ医師とカラモスコス医師は、仮に自分の子供が福島の子供達の立場におかれたとして、汚染地域に住まされ、積算被ばく量測定のために首から「ガラスバッジ」を下げ(その間も常に放射能に体を蝕まれながら)、汚染された空気や埃を吸い込み、給食で汚染された食べ物や牛乳をあてがわれていても、現在の甲状腺異常は心配する事ないと言えるのでしょうか?

これほど大量の放射能汚染に対して人体がどのように反応するのかを人体を通じて検証すること自体、本来は人類のためにあるべき「科学」を大きく逸脱しているのではないでしょうか?現状は、実際のところ、多くの大人や子供達が、放射能汚染のある現場において放射能被ばくの影響の観察の対象になっていると言う、前代未聞の状態なのです。このような非人道的で許し難い行為を許すと言う事は、原子力から離れて本当に安全なエネルギーへ向かう動きと相容れるものではありません。





2012年9月3日月曜日

細野豪志環境相の「全ゲノム解析」発表についてのヤブロコフ博士の反応

NHK Worldのサイトからたったの2日で削除されてしまった、細野豪志環境相の「全ゲノム解析」発表の英文記事では、「全ゲノム解析」に該当する”whole genomic analysis” と言う言葉は出てきませんでした。

こちらは2012年8月31日の日本時間午前10時45分に掲載された、その記事のスクリーン・ショットです。


NHKの該当日本語記事を読むと、こちらでも「全ゲノム解析」という言葉は使われず、「遺伝子への影響の調査」となっています。

2012年8月31日午前6時45分掲載
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120831/k10014669541000.html


しかし、NHK日本語記事より前の、2012年8月31日午前0時35分に掲載された産経ニュースの記事では、見出しに「全ゲノム解析」と言う言葉が出てきます。見出しに出すと言うことは、細野氏はその言葉を使ったのだと思えます。

NHKニュース記事の動画によると、細野氏は、「福島の皆さんの健康と言うのは、まあ、5年や10年ではなくてですね、半世紀以上にわたってずっとこれは我々が見守っていかなければならない事ですので、遺伝子レベルでしっかりと把握をしていくと言うことが将来に備えることになると思うのです。」と述べています。この発言の前の発言内容は、一体どういったものだったのでしょうか。また、「将来」の何に「備える」のでしょうか?

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120831/dst12083100360000-n1.htm



  
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放射能被ばくの指標となるのは染色体異常の検査であり、「全ゲノム解析」ではありません。

放射線被曝者医療国際協力推進協議会『原爆放射線の人体影響1992要約版』http://www.hicare.jp/13/hi01.html の中の、染色体異常の章より抜粋します。 http://www.hicare.jp/13/hi01-07.pdf

「骨髄の染色体異常は各種造血系疾患(特に白血病)の発生を経時的に追跡する上で重要な指標となる。」

原爆の人体影響から、染色体異常は被ばく線量と相関し、被ばくにおいての重要な指標であると分かっているのです。なのに、原発事故後1年半になろうとしているにも関わらず、染色体異常の検査をするどころか、「全ゲノム解析」をすると言うのです。

しかし、この記事にあるように、「全ゲノム解析」では、原発事故の被曝による遺伝子への影響は調べられません。
http://d.hatena.ne.jp/scicom/20120831/p1?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter

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偶然なのですが、先日、ロシアのアレクセイ・ヤブロコフ博士より、「染色体異常の検査は行われているのか?」と言う問い合わせを受けました。ヤブロコフ博士は、ニューヨーク科学アカデミーによる”Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment”(「チェルノブイリ:大惨事が人々と環境に及ぼした影響」) の著者の一人で、生物学博士であり、生態学研究者です。1986年のチェルノブイリ事故当時、ゴルバチョフ書記長のアドバイザーを務めていました。ボリス・エリツィン政権でロシア連邦安全保障会議の環境安全委員会の委員長を務めました。ロシアのGreenpeace設立者でもあります。

「全ゲノム解析」のニュースをお伝えすると、このようなお返事を頂きました。

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Dr. Alexey Yablokov

It's really a pity that nobody is conducting studies on chromosomal aberrations in Japan.  I can hardly believe it.  Chromosomal aberrations are one of the objective indexes of radiation exposure.

Genetic studies for chromosomal aberrations were started several months after the Chernobyl accident by researchers at the Institute of General Genetics of USSR Academy of Science in Moscow.  All liquidators were covered at the initial study.  Several months later, multiple genetic institutes from Minsk and Kiev joined, covering the evacuees and later thousands of inhabitants in all contaminated territories.  Hundreds of scientific papers have been published as a result of these genetic studies.


日本で染色体異常の検査が行われていないとは、本当に残念な事です。信じ難い事です。
染色体異常と言うのは、被ばくの客観的指標のひとつなのです。

チェルノブイリ事故の数ヵ月後に、染色体異常を調べるための遺伝学研究が、モスクワのソビエト連邦科学アカデミーの一般遺伝学研究所の研究者達によって始まりました。一番最初に行われた研究は、清掃作業員全てが対象でした。数ヵ月後に、ミンスクとキエフの複数の遺伝学研究所も参加し、まずは避難した住民達が対象となり、そして後には全ての汚染地域に居住する何千人と言う住民が対象となりました。こういった遺伝学研究の成果として、今までに何百と言う科学研究論文が発表されてきています。

アレクセイ・ヤブロコフ



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「全ゲノム解析」と言う言葉で、世界は騙されていません。被ばくした子供達を「全ゲノム解析」と言う名目の実験に使うのでなく、速やかに汚染地から避難させるべきです。そして、推定被ばく量を理論的な計算のみで決めるのではなく、被ばくによって体が実際に受けた影響を、ベースラインとしての血液検査、甲状腺エコー検査や心電図、放射性物質の尿検査、ホール・ボディー・カウンターによる内部被ばく検査、そして原爆の影響から被ばく線量に相関すると分かっている染色体異常の検査や、チェルノブイリ事故の影響により被ばく線量に相関すると分かっている目の水晶体混濁の検査などによって判断し、モニターし続けるべきです。(ヤブロコフ博士は次のような検査も提案されています。歯のエナメル質のEPR線量測定法--Electron Paramagnetic Resonanceまたは電子スピン共鳴。
チェルノブイリによってロシアで一番汚染がひどかったBryanskで行われている頬粘膜上皮細胞の変化の追跡調査。)

後々に「癌の発生率はこれだけだった。」と発表するための、単なる疫学調査としての追跡調査でなく、被ばくを強要されてしまった子供達が少しでも快適に幸せに過ごせるように、万が一、何らかの発症があればできるだけ早く対処できるように、そういった思いやりのあるモニタリングをしてあげて下さい。子供は国の宝です。子供を大切にしないと、国自体が成り立たなくなると言う事に、いつになったら気づくのでしょうか。