2013年3月27日水曜日

ウラジミール・ヴェルテレッキー 第3部 「リウネのポリーシャにおける先天性奇形とチェルノブイリ事故」 (講演資料 抜粋和訳)


ヴェルテレッキー博士からメールして頂いた講演資料より
(実際の講演内容よりも詳しい説明もあるが、これは完全和訳ではない。)
最初にこの資料に目を通した際にツイートした情報も含む。

注:ここで使用した画像や情報の引用元は、W. Wertelecki et al., 2013, OMNI-Net reportsである。


放射能とアルコールは、催奇形物質である。

放射能=突然変異誘発物質。故に催奇性物質であり発癌物質でもある。
アルコール=催奇性物質であるが、突然変異誘発物質ではない。

突然変異誘発物質⇒DNA変性、遺伝的疾患、先天性奇形と癌
発癌物質⇒癌
催奇形物質⇒先天性奇形



チェルノブイリ事故による妊娠と先天性奇形のリスクへの影響があまり注目されなかったのには、2種類の理由がある。まず最初に、当時旧ソ連が崩壊し、新しくウクライナが独立した事がある。緊迫感と混乱の中、集団規模のデータ収集がほぼ不可能となった。

もうひとつの理由は、チェルノブイリでの爆発によるウクライナとその近辺への急性の影響があまりにひどかったため、被ばく量とそれに関連する急性症状と発癌リスクに焦点が当てられたと言う事。人体における放射能の影響の研究は広島・長崎の原爆後に一番多く行なわれた。

原爆の爆発後に受精され、1948年から1954年に生まれた子供達は、人間遺伝子学の父であるニールのチームにより調査された。ABCCがスポンサーであるこの研究は、被爆した両親の生殖腺への影響においては、今でも「「ゴールド・スタンダード」」とみなされている。

この調査の目的は、瞬時の多大な放射能への急性外部被爆が、被爆後に受精された子供で先天性奇形を引き起こすかという事だった。調査によると、先天性奇形に増加が見られなかった。この調査結果は、現在IAEAなどの機関によって推奨されている対策に浸透している。

しかし、「チェルノブイリの子供達」の状況は明らかに違うというのは明確だ。現在、ポリーシャでは、多くの親と受精される子供達は、継続したセシウム137やストロンチウム90などの飲食と吸入により、絶え間ない低線量被ばくを受けている。

IAEA、WHOや他の国際機関は、ウクライナの放射能汚染は、好ましくない妊娠結果(先天性奇形を含む)の増加が分かるには不十分であるとしつこく断言する。しかし、これらの機関はその断言を証明しようともしない。ウクライナでは、この主張を検証する動きがある。

ちなみに、2013年2月には、福島原発事故の影響についても同じような主張が、IAEAの代弁者としてのWHOによってなされた。

ウクライナのキエフにある、非営利国際機関であるオムニネット・ウクライナ慈善基金は、継続的な調査を実施している。いくつかの州に先天性奇形モニタリングプログラムを設置しているが、ここではウクライナのリウネ州での結果だけに言及する。

オムニネットは、国際研究パートナーを得て、EUROCAT(EUによる先天性奇形モニタリングシステムのネットワーク)と ICBDSR(国際先天異常調査研究機構)のメンバーとなっており、集団をベースとしたモニタリング、データ収集、コード、分析、報告や倫理の国際基準に厳しく従っている。


オムニネットの各サイトは、医療機関内に設置されており、チームには英語が堪能な情報員が配置されている。オムニネットのウェブサイトは、英語、ウクライナ語とロシア語である。調査は、ヴォルィーニ州、リウネ州とフメリヌィーツィクィイ州で行なわれており、他の場所でも特別のプロジェクトが実施されている。

先天性奇形のモニタリングは能動的であり、新生児全てが訓練を受けた新生児専門医によって診察される。各ケースは、少なくとも2人の臨床医学遺伝子学者によって確かめられる。国際的な研究者はこのプロセスに統合される。

集団ベースの先天性奇形モニタリングのゴールは、原因に関わらず、全体的な先天性奇形の発現率を調べる事だ。2年間の集団ベースのデータ収集後、神経管閉鎖不全のサブカテゴリすべての発現率が高いことがわかった。

2010年に発表されたもっと大規模な追跡調査の結果によると、神経管閉鎖不全の高発症率が持続されているのが確認され、さらに、小頭症の発症率が高い事がわかった。また分析によると、これらの発症率は、ポリーシャにおいて、地域全体よりもさらに高い事が示唆された。



ポリーシャは、ウクライナで、チェルノブイリからの放射能汚染を最も多く受けた場所のひとつである。ポリーシャの生態系の独自性は、必然的に、 ポリスチュークスと呼ばれる原住民の生活様式と社会経済的環境に反映されている。この原住民の特徴は、普通よりも同族結婚の率が高い事である。

ポリーシャでは、セシウム137の土壌から食物への移行係数が、ウクライナ中で最も大きい方である。これに加え、地元の汚染水、乳製品、イモ、魚や森でとれる食べ物の摂取が生存に不可欠である。特に、薪を暖房と調理に使うため、体内の内部被ばく量が高い。

実質、ポリスチュークスは、持続的に低線量被ばくを受け、それがかなりの内部被ばく量に至っている、定着して隔離された大集団なのである。我々の調査によると、吸引を考慮せず飲食のみだけでも、ポリーシャの妊婦の被ばく量は当局が安全と認める量よりも多いことがわかっている。

2000-2009年のリウネ州での145,437の生産の分析では、72,379人がポリーシャ、73,058人がポリーシャ外で出生。神経管閉鎖不全が309人、小頭症が68人、口腔裂・口蓋裂が155人だった。(表は1万人における発症率)

先天性奇形の理由は数多いが、ここではアルコールと放射能の2つの催奇形物質に焦点を当てる。 ポリーシャでの方が、リウネ州の残りの場所(ポリーシャ外)でよりも神経管閉鎖不全(NTD)と小頭症の発症率が統計学的に有意に大きかった。

アルコールは、ウクライナを含め、世界中での主要な催奇形物質である。 また、ウクライナと、最近では日本で、放射能は広範囲に拡散した催奇形物質である。 ウクライナでは胎児はこの2つの催奇形物質のどちらかひとつか両方に晒される。 実験では放射能は神経管閉鎖不全と小頭症を引き起こす。

人間では、アルコールと放射能のどちらもが小頭症の原因となる。 この2つの催奇形物質両方に同時に晒された場合に、成長過程にある胎児に相乗的効果があるかどうかは知られていない。 胎内でアルコールに晒された場合、ほんの少数が、胎児性アルコール症候群に診断される徴候を持っている。

胎児性アルコール症候群の徴候がない場合でも、頭のサイズが多範囲で小さくなっていて、中には小頭症とみなされる場合があることがわかっている。 しかし、頭のサイズの小ささの程度によっては、小頭症に含まれない場合も多くある。 同じことが、放射能被ばくの場合でも考慮される。

放射能被ばくに関連する先天性奇形で最も特徴があるのは、小頭症、小眼球症、出生前と出生後の成長阻害、後に起こるかもしれない白内障と短寿命である。 頭のサイズがそんなに小さくない場合の認知能力への影響は無症状かもしれなく、高校時代や成人期での平均以下の成績で明らかになるかもしれない。

胎児性アルコール症候群と胎児性アルコール・スペクトラム障害に関しては、国際的な協力の下に調査が実施されており、リウネ州ではカリフォルニア大学サンディエゴ校の催奇形専門医によってコーディネートされ、カリフォルニア大学デイビス校、エモリー大学とインディアナ大学の研究者との共同研究によって実施されている。この共同研究により、リウネ州での胎児性アルコール・スペクトラム障害の発症率がヨーロッパで一番高いと言う事が認識されている。

しかしながら、この結果はまた、ポリーシャでの小頭症の発症率が高い原因は、アルコールが主な催奇形物質であるのではなさそうだと言う事も示している。ポリーシャでの小頭症の発症率はポリーシャ外でのよりも統計学的に有意に高い反面、妊婦によるアルコール摂取率は統計学的に有意に低い。


その上、胎児性アルコール・スペクトラム障害の頻度は、ポリーシャで多いわけでもない。


ポリーシャでのひどい放射能汚染と、小頭症の発症率増加の同時発生は無視できない。最低でも、ポリーシャでの小頭症発症率のモニタリングは続けられなければいけない。

ホールボディーカウント(WBC)の結果分析からは、ポリーシャの北の地域と、ポリーシャの他の地域およびポリーシャ外との違いが明らかに分かる。

WBCは、体内に取り込まれたセシウム137のみを測定し、ストロンチウム90は測定しない。この2000年から2011年の間のデータの分析は、25,059人が対象であった。ポリーシャの北の3群の住民でのWBC測定値は、ポリーシャ外の住民よりはるかに高かった。


ポリーシャの妊婦1,156人で、標準値の14,800 Bqを超えたのは48.2%の557人。
ポリーシャの15歳以下の小児1,338人で、標準値の3,700 Bqを超えたのは12.1%の162人。
ポリーシャの成人男性2,117人で、標準値の14,800 Bqを超えたのは6.4%の136人。

このWBC標準値は、ウクライナ政府が国際機関と相談して設定した上限であり、これを超えた人々は、保健所員からセシウム137やストロンチウム90の吸入や飲食を減らすための助けを受けることになる。

地元で栽培されたイモの測定では、セシウム137とストロンチウム90の比率は大体2:1である。地元で作られるイモや乳製品は、ポリーシャにおける食生活で大きな比率を占めている。
ウクライナの放射能対策においての放射線量は、セシウム137だけに基づいている。体内でセシウム137と異なった結合をするストロンチウム90の影響は、特に成長しつつある胎児において重要である。カリウムに似ているセシウム137とカルシウムに似ているストロンチウム90の胎児への影響の違いは一般的に知られていないが、似ていないと思われる。ポリーシャ産の乳製品のようにカルシウムが豊富な食品は、ほぼ確実にセシウム137とストロンチウム90両方を含む。出生前の迅速な成長と言う視点から見ると、これは特に重要な事項である。

慢性放射能被ばくにおいての神経管閉鎖不全に関しては、3つの調査が興味深い。

最初の2つは、米国疾病対策センターの疫学研究者により、米国ワシントン州のハンフォード核施設に最も近い2つの群で行なわれた。この2調査の目的は、先天性奇形の発症率を調べる事だった。2調査両方で、先天性奇形の発症率が統計学的に有意に増加したことが見つかったが、どちらの結果も偽造であるとみなされた。研究者達は、ハンフォード核施設からの地元の住民への放射能の放出はがこの結果の説明とならず、その上、この結果が、ABCCによる過去の広島・長崎の調査結果と矛盾していると指摘した。

3つ目の調査は、英国北部のセラフィールド核施設の作業員が父親である集団が対象であった。結果は、先天性異常を伴う死産のリスクが統計学的に有意に高いことを示し、その中でも神経管閉鎖不全のリスクが最も高かった。

EUROCATがチェルノブイリ事故後に比較的早くに行なった調査は、西ヨーロッパとスカンジナビアに限られていたが、先天性奇形の頻度の報告に大きな変化を見つけなかった。

リウネ州での調査結果を国際的な視点から見るために、神経管閉鎖不全、小頭症、結合双生児と口腔裂・口蓋裂の発症率を、ヨーロッパの他の地域からEUROCATに報告された発症率と比較した。同じ方法を用いていても、交絡因子の可能性を考慮せずに直接的な統計学的比較をするのは不適切であるかもしれないが、隣接した地域での特定の先天性奇形の発症率の増加が持続して報告されているのが目に留まる。英国北部とウェールズにおいての神経管閉鎖不全、小頭症と結合双生児の発症率は、ポリーシャの次に高い。


ウェールズと英国北部は、チェルノブイリ事故による放射能汚染がひどい区域である。
チェルノブイリ事故による羊の出荷制限は2012年に解除されたが、まだウェールズの334牧場とカンブリアの8牧場では出荷制限されている。

スカンジナビアではチェルノブイリのフォールアウトは主に中部に影響を与えたが、そこでの調査も興味深い。独立した2調査が、チェルノブイリのフォールアウト時に胎内にいた集団の認知機能に焦点を当てた。スウェーデンでの大規模調査によると、胎内での被ばく量が最も多かった生徒の成績が悪いのがわかった。ノルウェーでの小規模だが同様の調査は、あまり決定的ではなかったが、認知機能に対して否定的な影響をみつけた。



チェルノブイリの影響についての研究文献の総括的なレビューを行なうと、これらの多くはロシア語であるが、精神衛生への影響の重要さが明らかになる。精神発達と精神衛生の指標を、先天性奇形の調査に加える事ができる。

例えば、頭囲、話し始めた年齢や自殺率などは客観的指標であるし、また、無脳症、二部脊髄、口腔裂や小頭症のような誕生時に視覚的に明らかな先天性奇形も客観的指標である。これを念頭において、我々は分析を広げ、出生時体重と出生時の後頭前頭の頭囲を計算した。

まず、出生時体重の分析では、リウネ市の新生児男女とポリーシャのZarichne群の新生児男女での出生児体重には統計学的に有意な差はみられなかった。

次に、同グループの後頭前頭の頭囲の分析を、全ての出生児で比較した。次にその中で、最低妊娠38週間後の出生児で比較した。その中で、新生児検診で異常がみられなかった出生児で比較した。結果としては、リフネ市の男児は一貫してZarichne群の男児よりも後頭前頭の頭囲が大きく、女児でも同様であり、この違いは統計学的に非常に有意であった。
 

結論

リウネ州で見られることの意味。

まず、観察された事象が偽造であることを考慮しなければいけないが、3つ目の分析が最初の2つを確かめているから、これは有り得ない。

次に、先天性奇形の発症率は、放射能被ばくだけでなく、さまざまな催奇形物質の影響を反映しているかもしれない。この可能性は、受け入れられる前に検証されなければいけない。

3番目の可能性は、次のようである。
先天性奇形の発症率の増加がみられたが、これは放射能のせいではない。
あるいは、
胎児の放射能への感受性は、公式な仮定よりもはるかに高い。
あるいは、
胎児の実際の被ばく量は、公式な推定よりも高い。


一般的に、神経管閉鎖不全や小頭症のような先天性奇形は、他の因子に調整された催奇形リスクによる複数の影響の結果であることが多く、先天性奇形は、損傷と修復の相互作用のバランスの崩れを反映する。この供述的な疫学調査は、因果関係を調べるためにデザインされてはいないが、将来的な因果関係の調査を加速する土台となるものである。

この調査の結論は、「疫学の前に予防」という原理の影を薄くすることはできない。ポリーシャにおける放射能被ばくをただちに低減することが必要であり、また同時に、神経管閉鎖不全の発症率を下げることも必要である。そのような対策は、保健所によって速やかに実施できる。モニタリングの持続は、そのような対策の効果をみることができる。しかし、そのようなプロセスから学ぶ事を目的とした新規の国際的パートナーシップは実行可能性と結果を多大に高めるであろう。放射能被ばくの軽減と同時の微量栄養素の摂取の増加によって、リウネ州における先天性奇形の発症率とパターンがどう変化するかを見ることができる。その上、予防的措置の影響の評価は、リウネ州に隣接するヴォルィーニ州とフメリヌィーツィクィイ州で続行中の先天性奇形モニタリングシステムの結果を取り入れることによって、さらに高めることができる。


ウラジミール・ヴェルテレッキー 第2部 「リウネのポリーシャにおける先天性奇形とチェルノブイリ事故」 (講演動画 書き起こし和訳)


カルディコット財団主催 国際シンポジウム「福島原発事故の医学的・生態学的影響」
講演動画より
Wladimir Wertelecki, Former Chair of the Department of Medical Genetics, University of South Alabama
Congenital Malformations in Rivne Polossia and the Chernobyl Accident
ウラジミール・ヴェルテレッキー
南アラバマ大学 医学遺伝子学部 前学部長
または
注:ここで使用した画像や情報の引用元は、W. Wertelecki et al., 2013, OMNI-Net reportsである。


                 ***



まず強調したいのは、この発表は、一番最初の観察結果ではなく、3度目の分析に基づいているということである。調査の開始後10年経って、やっと少しずつ結果を報告し始めている。なぜかと言うと、信憑性の問題はデータではなく、データの信憑性だからである。

一般的に、学生や若い研究者を指導する者にとって、WHOやIAEAのニュース発表というのは、言語操作の傑作であると思う。現在、IAEAは、実質、WHOの背後にいると言うことを、ここでお伝えしておきたい。IAEAの勧告は、若い人が信用するべきであるWHOを通して、現在は伝えられているからだ。WHOを信用できないなら他に何も信用できないだろうから、WHOを信用するしかない、と言うわけである。

2013年2月末のWHO(故にIAEA)の福島に関するニュース発表と、2005年のチェルノブイリに関するIAEAの勧告を比較すると、似ている部分もあるが、少し違うニュアンスもある。福島では低線量放射能が言及されており、「ゴールド・スタンダード」だった100 mSvが下げられている。そして、被ばくの軽減が重要だとされている。2005年勧告では、代表国全部がウクライナ政府に、250,000人の国民の被ばく量を最小限に留めていた措置を放棄するように通達した。

この調査には、OMNI-Net(オムニネット)を通して非常に多くの人達が関わっているが、これはウクライナおよび国際的な研究者達である。ここで述べておきたいのは、国際的な研究者達のほとんどはアルコールについての研究に関わっているが、それはアルコールが催奇形物質であり、催奇形物質とは、先天性奇形や発達障害を起こすすべての環境因子だからである。ウクライナでは、アルコールは割と良くみられる普遍的な催奇形物質であるために、アルコールの研究をしないと、また別の普遍的な催奇形物質である放射能の影響と混乱するからである。

チームの研究者は、他に、文化民俗学者、数学者、統計学者、栄養学者や心理学者など、様々な分野の研究者が関わっており、皆ができる限りの事をした。この活動は、ほとんどがプロボノ(代償なしの公益のための活動)である。プロボノでない場合でも,政府や原子力産業からの資金とは全く関わりがない。

また指摘しておきたいのは、データはデータであり、良いデータは良いデータであり、「ゴールド・スタンダード」は、ジェイムズ・ニール博士による広島・長崎の研究である。これは、癌の研究ばかりではなく、先天性奇形の研究でもある。しかしここで強調したいのは、広島・長崎の研究というのは、催奇形物質についてではなく、遺伝子突然変異についての研究であり、ゆえにこの講演の内容とは全く異なるということである。

また、我々の視点から見ると、広島・長崎の放射線モデルをチェルノブイリの状況に当てはめるのは不適切である、と言う事を指摘したい。なぜなら、リウネでの状況は、急性被ばくではなく慢性被ばくであり、一瞬の爆発でなく持続的であり、γ線や中性子でなく主にβ線であり、外部被ばくではなく吸入や飲食による内部被ばくだからである。また広島・長崎の生存者から生まれた子供は、親は被ばくしたかもしれないが、子供は放射能汚染がない状況で生まれた。

先ほど、IAEAの2005年勧告について話したが、実はIAEAのデータはその勧告の10年前である1995年に既にできており、それからずっと同じ事を言って来たのである。しかし、何も影響がないと言い切るのは僭越ではないか、とも言える。
そして、こういう状況で、我々が、あえて影響があるかもしれない、と言うことを調べたいというのは、冷ややかに受け止められるものだ。そこで、ウクライナ独立記念5周年の日に、人類遺伝子学の国際学術大会を開催した。そこには、ニール博士や催奇形学の父であるワーカニー博士などを招待し、何ができるかを模索してみた。

チェルノブイリ事故から5年後にウクライナは旧ソ連から独立を決め、旧ソ連が崩壊し、政権の交代があった。そのような混乱した環境の中、我々は国際的な基準に基づいた国際プログラムを施行し、生まれて来る子供全てと、診察される子供全ての人口登録を設立することにした。これが2000年だった。

ポリーシャとは、リウネ州の地域であり、ポリスチュークスは、ポリーシャの原住民である。リウネ州は、ウクライナの28州のひとつである。

我々は、調査の国際的基準を保つために、ヨーロッパの先天性奇形モニタリングシステムであるEUROCATに加入することにした。そして、迅速にデータを集めるために複数の州において集団モニタリングを始め、ウクライナ各地に広がり、そのモニタリングは今でも続いている。


この地図はチェルノブイリ事故後の放射能プルームを示している。リウネの北半分がポリーシャであり、その北にはプリピャチ川が流れている。



集団モニタリングを始めて間もなく、EUROCATとウクライナの先天性奇形の発症率に違いがあるのが分かった。神経管閉鎖不全も、無脳症も、小頭症も、無眼球症も、ウクライナの方が多かったのだ。

これで仮説が提示されたことになった。

そこで、何ができるかを考えてみた。非常に限られた財源を用いて、行動を起こそうと思った。まもなく、最も汚染がひどい州に集中すれば良いのではないかと気づいた。

ポリーシャには、ルイジアナ州のCajunのように、隔離された状況で暮らし、同族結婚の風習がある原住民のポリスチュークスが住んでいる。

リウネ州北部は、地質学的にリウネ州南部と異なる。土壌に粘度が含まれていないため、放射性物質を吸着するものがない。故に、放射性物質の降下量に加え、土壌から森や木や食物や草への移行係数が高い。実際、リウネ州北部は、チェルノブイリのすぐ傍のジトームィル州よりも汚染されている。リウネ州北部は、実質、ウクライナで一番放射能汚染がひどい地域なのである。また、一番北の3郡は最も隔離されているために最も興味深い特徴を持つことにも気づいた。


ポリーシャ地域は湿地帯であり、ルイジアナ州のように季節性の洪水があるため、放射性物質に「足ができて」動き回ることができる。ポリーシャは、生態学的に隔離され、人口的に隔離され、同族結婚が行なわれ、土壌から植物へのセシウム137の移行係数が最も大きい。食べ物を買いに行く場所がないため、地元で獲れた食物を食べないと餓死してしまう。どこかに暖を取りに行く場所がないので、放射能汚染された薪を燃やさないと、凍え死んでしまう。

要するに、ポリーシャは、特別の集団と特別の生態系と特別の放射能汚染という条件が揃い、あらゆるものからの健康への影響の、集学的な長期研究に理想的な集団ということである。言っておきたいが、我々は、放射能だけが特に問題であると主張しているわけでもない。いかなる理由であっても、子供が先天性奇形をもって生まれて来るのを望んでいないだけなのだ。



このような経緯で、我々の調査について報告を始めているが、今の所は、リウネ州のポリーシャ、そして2−3の先天性奇形のみに限定している。

過去の観察の確認によると、神経管閉鎖不全と小頭症の発症率が集団で増加し、女児の罹患率が高いことがわかった。また同時に、原因が何であるかを調べようとする調査も行ったが、これは供述的疫学調査であり、因果関係を証明するのではなく、何が起こっているかを証明しているにすぎない。この調査では、妊婦のアルコール摂取、放射能被ばくや、ウクライナ外での発症率について調べた。

ポリーシャでの神経管閉鎖不全は、ヨーロッパで最も多い。だが、EUROCATは、それに反論することができる。EUROCATは、まさにそのためにEUから資金供給を受けているからだ。そして、ポリーシャでは、小頭症と小眼球症もヨーロッパで最も多い。この3つの先天性奇形は偶然にも、アルコール、放射能、または両方と関連づけられている。


我々は、幸運にも、国立衛生研究所から最も長く資金供給を受けている研究に携わっていたが、これは、胎児性アルコール症候群をできるだけ早く、出生前にさえも、診断するという研究だった。そういうわけで催奇形リスク要因としてのアルコールの調査をした。その結果、結論としては、ポリーシャでの小頭症の発症率増加の主原因は、アルコールではなさそうだ、ということだった。

一苦労して何千人もの妊婦の調査をした結果、ポリーシャの妊婦では、他の地域に住む妊婦よりもアルコール摂取率が少ないことが判明した。

2番目の理由は、胎児性アルコール・スペクトラム障害の発症率は、実はポリーシャ外での方が大きかったということである。


そこで、放射能が原因かどうかを調べてみる事にした。しかし、我々には予算もなければ、専門知識や技術もなかった。ごく普通の、通行人の小児科医にすぎなかった。

だが、放射能には足があって、定期的に動き回るのは分かっている。毎年夏には山林火事がある。ある種の木には、また別の木の20倍の放射性物質があったりするから、一般化しても意味がない。松が燃えるのと柳が燃えるのとでは、わけが違う。そもそも、平均化ということ自体にも意味がない。平均化と言うのはただのトリックであり、このトリックは、先天性奇形の子供を持つ母親にとっては全く不十分で受け入れ難いものである。

ポリーシャの人々の76%は、暖房のために薪を燃やし、調理にも薪を使っている。その灰を自家菜園で肥料として使っているから、放射性物質が濃縮されてしまう。実際、15年前よりも今の方が、放射能濃度が増加している。生物濃縮には時間がかかるからだ。



ポリーシャの妊婦達は、「楽な作業」を振り分けられ、乾いたジャガイモの茎を燃やす。ジャガイモの収穫というのは、「やるか死ぬか」である。ジャガイモは、ポリーシャの生活に不可欠な要素であり、栄養素である。

そして年を取っている女性は、家で座って、放射能汚染された薪を燃やして暖房にし、ポテトパンケーキを作る。ちなみに余談だが、ここニューヨークのカーネギーデリでもポテトパンケーキを注文できるが、すごくまずかったので、やめておいた方がいい。

では、実際に、放射能が原因かどうかを調べてみるには、どうすればいいのか?

女性が放射性物質を取り込めるなら、ジャガイモも取り込めるのだろうと仮定し、ジャガイモを採取して分析してみた。すると驚いた事に、ストロンチウム90が検出された。信じられないので、もう一度検査をした。すると、また検出された。ストロンチウム90とセシウム137の比率は1:2であったが、公衆衛生局は一般にセシウムしか測定していない。ストロンチムは無視されている。

しかし、胎児にとって、ストロンチウムはもっと重要である。セシウムはカリウムに似ているから体内の色んな場所に行くが、ストロンチウムは目や骨や歯など特別な場所に蓄積し、その子供が死ぬまでずっとそこに留まり、放射能を出し続ける。セシウムはカリウムのように尿から排泄されるが、ストロンチウムは一旦体内に入ると、そこに留まり続けて放射能を出し続けるのだ。

次に、2万人ほどの人にホールボディーカウント検査を行なった。2万人というのは、なかなか大変だったので、もう一度やるつもりはない。すると、リフネ州北部のその3郡の妊婦のホールボディーカウントは、保健省が安全だと設定している標準値よりも高かった。

胎児の放射能感受性は何なのか?妊婦のホールボディーカウントは成人用でいいのか、それとも胎児を考慮して小児用にするべきか?胎児の放射能感受性が何なのかを示している文献はひとつも見た事がない。もしも知っている人がいたら、教えてほしい。小児では3,800ベクレル、成人では11,453.75ベクレルが上限になっているが、胎児の場合はどうなのか?




とにかく、困ってしまった。何も見つけるつもりはなかったのに、ただヒントを追っていただけなのに、アルコール摂取が原因でない小頭症を見つけてしまったのだ。原因は、アブラカダブラから月まで、何でも有り得る。これは、供述的疫学調査であるが、それでも論理的でなくてはいけない。


何か些細な効果を、例えば、頭のサイズの些細な減少などを見逃していないだろうか、と考えてみた。小頭症の厳密な定義は、頭のサイズが3標準偏差分小さいということだ。知能が非常に遅れていて、てんかんを起こし、頭のサイズが非常に小さくても、3標準偏差分小さくないと、小頭症とはみなされない。

そこで、新生児全員の頭のサイズを測ることにした。驚いたことに、北ポリーシャでは、出生時体重には差がないのに、頭のサイズが統計学的に有意に小さかった。



これはただ潜在性なのかもしれないが、放射能が神経系に影響を及ぼすのは知られている。そこで、ウクライナの外で何が起こっているか調べてみた。

大変信頼できる疫学研究者が米国疾病対策センターに勤めていた時に、ハンフォードで最初の疫学調査をした。神経管閉鎖不全の発症率が高いのを見つけたが、その結果を却下した。理由は分からないが、多分良い理由だろうとは思う。この疫学研究者は、良い科学者なので、もう一度異なるアプローチで調査をし、最初の結果を確認した。そしてまたこの結果を却下した。その根本的な理由は、広島・長崎の研究と矛盾するからだった。調査そのものの欠点のせいではない。単に、「ゴールド・スタンダード」にそぐわないからだ。

しかし、この「ゴールド・スタンダード」は、催奇形と全く関係ない。「ゴールド・スタンダード」は、遺伝的な小頭症と関連している。ポリーシャの小頭症は、環境因子によって誘発されている。遺伝子が「脳を作るのをやめておけ」と言いに来たわけではない。遺伝子は何も悪くない。放射能が、「死ね。そして、サイズを減らせ。」と言ったのだ。リンゴと梨を比べているようなものだ。

次がセラフィールドの調査である。神経管閉鎖不全が統計学的に有意に増加した。しかし、訴訟などの諸事情があり、空気に緊迫感があった。結局、この調査は再調査されなかった。

EUROCATの調査は、チェルノブイリの近くでない、遠くの西ヨーロッパで実施され、何も見つけなかったと言う。

これは、チェルノブイリの放射能プルームの軌跡だが、英国の上をぐるっと回っている。

そして、EUROCATの報告を見ると、驚いた事に、ポリーシャでの先天性奇形の発症率は最も高いが、英国でも高かった。これは我々の調査ではなく、英国によってEUROCATに報告されたものだ。我々もポリーシャの結果をEUROCATに報告している。同じ基準を使っているはずだが、それでも他の交絡因子も存在すると思われるため、ポリーシャと英国の結果を統計学的に比較するのは、軽卒である。この結果は、ただの情報にすぎない。



ヤブロコフ博士や他の専門家や研究者達が言うように、精神衛生は放射能被ばくについての大きな問題であり、放射能症候群の一部である。ノルウェーとスウェーデンで別々の調査がされ、胎内で被ばくした人の認知能力が低いことがわかった。これは、先ほど言及した、潜在的な頭のサイズの減少と合致する。

ここで基本的には、放射能が原因かどうかを調べてみるという「旅」の終わりに来る。では、どうすれば良いのか?

この調査からは因果関係はわからない。この調査は供述的な調査であり、因果関係を解明するための土台を作るものにすぎない。この調査の有利な点は、特定の集団、特定の先天性奇形と特定の地理的地域である。走り回って清掃作業員を集め、様々なランダムな因子や人種的な差などを考慮しながら推定しなくても、我々は、過去10年に生まれた子供全員の登録データ詳細を持っている。

この調査からどういう結論を導き出すことができるだろうか?

これは現実の話をしているのではない、という可能性がある。

でもそれなら私は今日、ここにいない。我々は、データを3回分析するまで待ったので、我々の視点から見ると、現実でないわけはない。もしもIAEAなり、これが現実でないと言う人がいるのなら、我々のデータを見に来れば良い。

もしくは、先天性奇形は存在するが、それは放射能のせいではない、という可能性がある。

妊婦のホールボディーカウントや、ジャガイモの測定値などが全て関係ないと言うのなら、その無関係さを証明するといい。証明しようではないか。これは、十分に重要なことだから、透視的なケースコントロール研究や、疫学調査により、関係性を否定するべきである。だが、我々のこの調査は、それには使えない。我々の調査は、そのような調査を容易にして促進するドアを開ける鍵である。

またもしくは、胎児は一般に思われているよりも、はるかに感受性が高いかもしれない、という可能性がある。

最後に、実際の被ばく線量が、報告されているのと違ってもっと多いのかもしれない、という可能性もある。

そしておそらく、他の色々な因子である、アルコール摂取、栄養失調、葉酸不足なども関連しているかもしれない。

先天性奇形が起こるためには2つの事が同時発生しなければいけない。発達を妨害する複数の因子と、損傷の修復を妨害する複数の因子である。人体には細胞の再生能力があるが、もしも損傷と修復のバランスが取れなくなったら、胎児の形成発生に変化が起こる。この結果起こるのは、今回言及しなかった結合双生児や奇形種や、少し言及したが多くのサブカテゴリーが存在する神経管閉鎖不全、そしてここで話した小頭症や、これも今回言及しなかった小眼球症などである。こういう先天性奇形に関しては、もっと多く知られなければいけない。なぜなら、これは中国やインドネシアやインドでも起こっており、知っていれば知っているほど、予防ができるからである。

医師として言いたい事は、疫学よりも先に予防をするべきである。

ひとつの薬で神経管閉鎖不全を50%減らすことができ、タバコ1パックを買うお金で、そのひとつの薬を60錠、60日間分購入することができるほど安価なものである。(注:妊婦60人の2ヶ月分ということ)ただちに行動を起こすべきであり、政府にもそう言っているが、なかなか実行されない。小麦粉の葉酸添加か葉酸サプリメント摂取によって神経管閉鎖不全を予防するべきである。そして、妊婦の被ばくを減らすべきである。妊婦が飲食から内部被ばくする必要はない。汚染されてない場所から、牛乳やジャガイモや小麦粉などの食べ物を運ぶべきである。そして、妊婦のアルコール摂取を減らすべきである。

政府は、これらを直ちに実施するリソースを十分に持ち、やり方も知っている。だが、国際パートナーシップが協力したら、実際に実施される可能性が大きくなり、もっと効率良く実施がされるだろう。

既存のモニタリングは、ウクライナだけでなく世界に、予防の意味について提示できることがある。例えば、放射能被ばくしている人達において、葉酸摂取は、神経管閉鎖不全を防ぐ事ができるのか。完全に無効なのではないか。もしも効果があるなら、福島において二部脊椎が起こっているかどうかに関わらずにも、葉酸から効果が得られるだろうか。福島で被ばくした妊婦は、葉酸を摂るべきか。こういう質問は、ウクライナが国際的な団結を求める理由にもなる。西ヨーロッパは、もっとウクライナから学ぶべきである。我々のモニタリングシステムは、ヨーロッパで存在する39の先天性奇形モニタリングシステムの中で、唯一、EUから資金調達を受けていない。もしもチェルノブイリが、ヨーロッパの先天性奇形モニタリングにとって重要でないというのなら、残念ながら、私はどう思ってよいか分からない。

「やればできる」というのが得意な人もいる。

この講演は、この小さな子供に捧げたい。


この子供は、誕生前から奇形児であると判明していた。私は、この子が病院に置き去りにされているのを見つけた。この子の母親は、自分が産んだ子が生きていると知らされていなかったのだ。

母親は、「あなたが産んだ子は化け物で、もう死んでいた。家に帰って、この事は忘れてしまって、また妊娠しなさい。」と言われたのだ。母親は落ち込んだあまり、ウクライナから去った。

この子供は、股関節も、性別も、卵巣も、子宮もない小さな孤児でありながら、生きることの喜びで満ち溢れていた。この子は孤児院に引き取られたが、そのうち祖母が見つかり、祖母が引き取りにきた。祖母が母親を連れ戻してこの子と引き合わせた。

今は、高校から卒業し、西ヨーロッパのどこかに住んでいる。

この子供は2つの事を証明した。

まず最初に、やればできると言うこと。

2番目には、こういう奇形は初期に起こるために、脳には影響がないと言うこと。死に至らなかったら、奇形でない部分は、胎児として正常に発達した人と同じように育つと言うこと。もしも損傷が後期に起こったら、再生機能も減少し、初期に起こった場合と同じ程度に元に戻せない。双子を考えてみるといい。一卵性双生児は全て、先天性奇形なのである。完璧なではあるが、それでもやはり、奇形なのだ。これは典型的な、「ひとつのものから完璧なコピーを作る」と言うことである。「私は『自分』を再生する」、ということである。


ウラジミール・ヴェルテレッキー 第1部 「遺伝子学者が原子力事故の影響を記録する」


ヴェルテレッキー博士のことを知ったのは、2012年の夏だった。下記のリンクの英語記事から、チェルノブイリの影響による先天性奇形の研究をしている人がいると知り、研究論文を探して読んだ。

英語記事「遺伝子学者が原子力事故の影響を記録する」

研究論文(英語) 「チェルノブイリから影響を受けた地域における奇形」



当時は、ウクライナのどこかで神経管閉鎖不全が増加している、そういう漠然とした印象しかなく、しかし、このような研究論文が、ロシア語でなくて英語で書かれていることをありがたく感じた。

それから間もなく、ヘレン・カルディコット博士から、先日ニューヨークで開催された国際シンポジウムの講演者選出の相談を受けた時、「ウラジミール・ヴェルテレッキー」という名前が、講演を承諾した人のリストに入っているのに気づいた。その後、カルディコット博士の日本講演ツアー用の資料をまとめている時に、ヴェルテレッキー博士の研究結果も取り入れた。

そして、つい2週間前のニューヨーク医学アカデミーでの国際シンポジウム「福島原発事故の医学的・生態的影響」で講演者の案内役をさせて頂いたが、その時に一番最初に会場に来られた講演者が、ヴェルテレッキー博士であった。ノートパソコンを、意外にも真っ赤なネオプリンバッグに入れて小脇に抱えておられ、その赤色と、それにそぐわないような落ち着いた物腰が印象に残った。

実際の講演時には、所用で会場を出たり入ったりしていたので集中して聞くことができなかったが、生の講演で聞いた切れ切れの部分や質疑応答時の答えから、引きつけられるような内容と話し方だと思った。そして、講演内容が書かれたものが欲しい人はメールを下さい、と言われているのを聞き、早速メールを送った。

シンポジウムから数日経って、講演資料のPDFは別メールで送信されるが、資料をリクエストしてくる人達とは興味の対象が似通っている事が多いから、連絡を取って来る人がどういう活動をしているのか興味がある、あなたの活動のことも聞かせてほしい、と言うメールを頂いた。

FRCSRの活動を手短かに説明してサイトのリンクなどをお送りしたら、大変興味深い内容のサイトである、相互リンクをしたいがどのようにすれば良いか?というお返事を頂いた。

その時点で既に、送って頂いた講演資料に目を通し始めており、その内容と、メールでの対応に、知識が豊富であり倫理観が高く、自分のエゴや名声のためにでなく、チェルノブイリ事故から何かを学び、そして何かを変えて行きたいという真剣な姿勢を感じた。講演資料を読み進み、シンポジウムのアーカイブ動画を見て、ヴェルテレッキー博士の、時代背景に関する知識と、ウクライナの文化的な特徴を理解した上での内容に感銘を受けた。

是非ともまとめた情報を日本語で紹介したいと思ったが、元々の記事、講演動画と講演資料が、似通っていながらもお互いを補足し合うような内容であり、全部を紹介しないといけないと思ったので、結果的に3部作となった。

ここでは、ヴェルテレッキー博士の研究や理念の紹介ともなる英語記事の抜粋和訳を紹介する。第2部は、実際の講演動画の書き起こし和訳である。心に響くような講演だったので、それが伝わるように意訳をした部分もある。第3部は、講演資料の抜粋和訳で、講演内容をさらに詳しく説明してある。

                                                             ***

「遺伝子学者が原子力事故の影響を記録する」



小児科医で臨床遺伝子学者であるウラジミール・ヴェルテレッキーは、まだ医学遺伝子学部が稀だった1974年に、南アラバマ大学で医学遺伝子学部を始めた人である。

チェルノブイリ事故後、健康調査で放射能被ばく由来の癌に焦点が置かれた中、ヴェルテレッキーは、小児の発達、特に先天性奇形に関する集団調査を始め、それは今でも続いている。(ヴェルテレッキーはポーランド生まれであり、チェルノブイリで影響を受けた地域の言語に堪能である。)

この小児発達調査の結果は、国際機関や科学者の間で、放射能汚染された食物からの内部被ばくによる先天性奇形への影響についての議論に新たに火をつけた。ウクライナに設置された先天性奇形集団モニタリングシステムは、米国医学遺伝子学チームが2000年に南アラバマに設置したシステムに基づいている。

先天性奇形の集団モニタリングを実施しないと、汚染地域で生まれる小児の発達への汚染物質の影響を見つけるのは難しい、とヴェルテレッキーは言う。 2011年3月の福島原発事故以来、ヴェルテレッキーは、放射能の人体の健康と小児発達への影響に関する多くの国際科学会議で基調講演を行なっている。

学会は、ウクライナでの調査結果を共有する場のみならず、「人間社会が予防の方法を知っているなら、子供には奇形なしで生まれる権利がある」と言う事実を強調できる場でもある、とヴェルテレッキーは力説した。「災害がある度に、現在と将来にわたって子供を脅かす因子が環境内に加えられるので、我々の仕事は尽きない。」

「人間に大惨事をもたらすのは、原子力事故の規模そのものより、その後の官僚の対応とその対応によってもたらされる国民のパニックである。公的機関の対応 にありがちだが、国民は、馬鹿のように扱われて、話の『良い半分』だけを聞かされるべきでない。人々には、事実を知る権利と責任者を信じる権利がある。」

チェルノブイリや福島原発事故の結果が、広島と長崎での原爆とよく比較されているのは間違いである、とヴェルテレッキーは信じている。原爆の影響は、大量だが短時間の外部被ばくである反面、チェルノブイリと福島の影響はまだ続いており、環境に残存する放射性物質が、吸入や飲食により体内で蓄積する。

ヴェルテレッキーによると、汚染区域のきのこをひとつ食べるだけで、何百もの胸部レントゲンと同量の放射能被ばくを受けるかもしれず、この蓄積は妊婦において最も大きな懸念を起こす。放射能は、先天性奇形を起こすだけでなく、遺伝子異常を起こして将来の世代において長期にわたる影響を与え続ける要因となるからである。

ウクライナのポリーシャ地域の集団調査は、まだ放射能汚染された環境で暮らし、子供が、生まれた時から放射能被ばくを受ける集団の研究である。この地域は、放射能の人間の健康と将来の世代への長期に渡る影響について、研究者が学ぶ事ができる「自然実験場」である。

研究では、放射能以外に、乳児の脳のサイズを小さくするリスク要因を調べなければいけないが、これは妊娠中の母親のアルコール摂取、母親の栄養パターンや、その他の環境因子を含む。

ウクライナの研究者達は、現在、米国立衛生研究所のサポートの下、ウクライナと世界各地でのアルコールの胎児への影響について米国大学6チームと共同研究をしている。また別の研究チームは、妊婦における放射能蓄積の分析をしており、ヴェルテレッキーは国際的共同研究のコーディネーターである。

これらの研究のレビューの結果、米国立衛生研究所は、現在行なわれている研究拡大のための資金を認めた。ヴェルテレッキーの目的のひとつは、今の科学者の国際研究コンソーシアムの拡大である。「様々な科学的あるいは人道的分野のどれかひとつだけでは、チェルノブイリや福島から生じる複雑な問題に対応することができないから、」だそうである。

2013年3月24日日曜日

福島救出作戦の永続的な遺産:パート4 余波と生きる

A Lasting Legacy of the Fukushima Rescue Mission:
Part 2 Living with the Aftermath
by Roger Witherspoon



ロジャー・ウィザースプーン氏の2013年3月15日の記事、”A Lasting Legacy of the Fukushima Rescue Mission: Part 4 Living with the Aftermath,“「福島救出作戦の永続的な遺産:パート4 余波と生きる」から、被ばくした水兵達の証言部分のみ和訳しました。

元の英文記事




大柄の黒人の水兵は、裸でデッキの下のロープで囲まれたエリアのど真ん中にいて、あまり嬉しそうではなかった。

「彼は、『ブーツもじゃないだろうな?妻が買ってくれたばかりなんだ。』と言い続けていた。でもそのブーツも結局脱がされ、裸で立っていた。そして、ゴシゴシと体を洗わされた。」と空母ロナルド・レーガンの航海科士官モウリス・イニスは回想した。

この水兵は、船体を洗う時に使う、液状の紙やすりのようなザラザラした洗剤を使わされた。そして、皆が見ている目の前で体中をゴシゴシと洗わなければいけなかった。洗面台の所まで歩いて行ってすすぎ、戻って来てガイガーカウンターを体中に当てられた。ガイガーカウンターが鳴らなくなるまで、繰り返さなければいけなかった。

「そして、次は自分の番だった。」
     
増大する恐怖

クォーターマスターのイニスにとって、除染を待つ事は予想だにできぬ出来事だった。クォーターマスターの主な業務責任は2つある。船の航海と、帆柱に付けてある、艦隊の他の船に旗艦が何をしているかを知らせるための、シグナルの旗の操作だった。イニスは、帆柱の一番上で2週間なびいていた星条旗を降ろし、艦長の部屋へ持って来るように命令を受けた。

「星条旗を降ろしました。」とイニスは言った。「そして、敬意を込めて丁寧にたたみ、右腕と胴体の右側の間に旗を抱え、中に持って来て片付けました。何も特別な事だと思いませんでした。」

夕食後、放射能探知機の傍を通った時、「アラームが全部鳴り出しました。」とイニスは回想した。「そして、何にも誰にも触らない様にと怒鳴られ、除染エリアに直行するように言われました。」

ロープによって分けられた「除染」エリアには、チェックされるのを待つ男女の水兵の列ができていた。しかし、イニスは待たなくて良く、列の先頭に行かされた。そこでは、ロナルド・レーガンの上級士官とシニア軍医官が注意深く見守る中、ある光景が繰り広げられていた。部屋の真ん中の裸の水兵は体を覆うタオルをもらって去って行った。次にイニスが呼ばれた。
「私達は、放射能はないと言われてました。」とイニスは言った。「艦内に放射能チェクポイントが設置され始めた時、彼らは理由を言ってませんでした。ブーツの検査は大丈夫でした。手をチェックした時、測定器が狂ったように鳴りました。」

「検査をしてる人は怖がって、『彼から離れろ!』と言いました。次に、腕にビニール袋をかぶせられて、彼らは皆に私から遠ざかるように言いました。伝染病のペストを持ってるかのように扱われて、パニックを起こしそうになりました。研磨用の塗料剥離剤で胴体の右側と両手をゴシゴシと洗わなければいけませんでした。皮膚の表面が何層か剥けました。」

イニスは、自分の放射能測定レベルが何だったのか、その時もその後も教えてもらえなかった。艦内の乗組員の中では最大値だとしか教えてもらえなかった。しかし、その時イニスは、放射能の事自体よりも、未知の事に対する恐怖の方に気を取られていた。

士官達はイニスを見て、怒鳴って命令していた。男女の乗組員の仲間達は、除染ステーションの外側から自分たちの順番を待ち、黙ってイニスを見ていた。

「かなり恥ずかしかったです。」とイニスは言った。「半分裸で怒鳴られながら、皆の目の前でゴシゴシと体を洗い、何が起こってるのか教えてもらえずに怖い気持ちでした。状況から察するに、自分は本当のトラブルに陥ってるのだと思いました。それに乗組員達も怖がっていました。誰も放射能の専門家ではありませんでした。死ぬのだろうか?癌になるのだろうか?どこかに追いやられるのだろうか?と自問自答しました。皮膚が水疱状態になったりするのだろうか、と思いました。何も分かっていませんでした。」


海軍は、放射性物質の粒子は確かに石鹸と水で洗い流せると言われていた。それは部分的には本当だった。α粒子は滑らかな表面から洗い流す事ができた。β粒子も体内に入り込む経路となるような傷が皮膚にない限り、洗い流す事ができた。海軍が使っていた研磨用の塗料剥離剤は、皮膚の上層部を剥離した。その上、空母のフライトデッキは、滑らかなプラスチックやガラスでできているのではない。ただゴシゴシ洗うだけでは、多孔性の表面から粒子を取り除く事はできない。

ロナルド・レーガンの乗組員達は、海上では放射能の心配をする必要はないと言われており、航海科士官として、イニスは放射能は避ける事ができるプルームだと信じさせられていた。しかし、放射能雲はいたるところにあり、必ずしも避ける事ができないのが明らかだった。

クォーターマイル(400m)の長さのデッキ上では、また別の警告があった。

「デジタル腕時計を持っていました。」とクォーターマスターのジェイミー・プリムは言った。「それが突然止まりました。誰かが、放射能のせいだと言いました。その時デッキには5−6人が居たのですが、皆、自分の腕時計を見たら、デジタル腕時計は全部止まっていました。すごく高価な腕時計をしてる人がいましたが、それも止まっていました。」

「最初は笑っていたのですが、そのうちただお互いを見るだけでした。笑えるほどおかしいと思えなくなったからです。」

そしてデッキの下で働いていた乗組員はもっと少ない情報しか持っていなかった。ジェット機の整備士は、航空機のパーツのほとんどを、放射能測定を受けるために下に持って降りていた、とジェニファー・ミックは説明した。ハンガーの巨大なエレベーターへのアクセスは限定されていた。

「ハッチに見張り番が配置されました。」とミックは回想した。「航空隊のメンバーが折り畳み椅子に座り、誰もキャットウォークを通ってデッキに出ないように見張っていました。船の他の部分の汚染を減らすだめに、出入りは船の前の部分のみに限定されていました。」

     
ジェニファー・ミック

「見張り番は一日中そこに座って、間違った方向に向かった人達に怒鳴っていました」ミックはフライトデッキ上のジェット機が放射能汚染された環境下にあったのを知っていた。「フライトデッキから降りて来る度に、誰かがブーツをゴシゴシ洗って、最終的には汚染されたものの山に加え、除去しなければいけませんでした。デッキに上がる時は、普通のブーツの上からまたブーツを履き、それを捨てる事になりました。そのうち、化学用・生物用・放射能スーツを着なければいけませんでした。」

「マスクと酸素ボンベも支給されましたが、それは実際には使いませんでした。」

これらの予防策がどれほど効果的だったかは不明である。空母というのは複雑な産業街であり、常にどこかで大なり小なり部品が壊れているものである。普通の消耗による損傷もあれば、事故からの損傷もある。

トモダチ作戦の間、ドアの下にボロ布を押し込んで大気中の放射能の拡散を防ぐのは、ドア自体が壊れていたり、ドアの周りが壊れていたり、場所によっては水密のドアが修理のために外されていたと言う事からすると、機密性は保たれていなかった。すなわち、図面上では空母ロナルド・レーガンには密閉された部屋が並んでいたが、実際にはどちらかと言うと、空気が自由に循環する、浮いているカタコームだった。

      
付帯的損傷
   
「健康状態は、去年の初めに下り坂に向かいました。」と、空母レーガンでのF−18の構造整備士でハズマット・コーディネーターであるミックは言った。(2012年)3月30日に、カリフォルニアで命令変更の際に整列している時に、初めて意識を失いました。

脱水状態だろうと言われ、医務官のエリアで座り、水を1本飲みました。そして4月29日にまた気を失いました。この時は救急室に運ばれ、頭痛がすると訴えました。

(気を失った時に)『頭を打ったんじゃないか』と言われ、CTスキャンをされ、『脳に腫瘍が見つかった』と言われました。それ以来二回手術を受け、海軍を辞めました。」

詳細を説明すると、ミックの前頭葉で医師が見つけたのは、2期乏突起星(ぼうとっきせい)細胞腫と言う癌だった。脳内で筋の通った話し方を司る部分にできる致命的で不治の癌である。腫瘍を取り除くと空洞ができ、その空洞が時にはつぶれてしまって、付帯的損傷を起こす事がある。

ミックの2度目の手術の後、「今は癌は活発でない」と知らされた。「まだ残ってる部分は、何もせずにそこにあるだけです。そこにあるのは分かっていますが、何もしていないし痛みもないので、そんなに悪くありません。」

「2ヶ月ごとに病院に行ってチェックを受けています。ストレスは多いけれど、何とか生きて生活できています。」
   
  ジェニファー・ミック

生きると言う事に関しては、ミックは最初の出発点である、ウィスコンシン州ソープの両親の農場に戻って、癌の次の再発を待っている。現時点では、医者を受診する予約がたくさんあるので、週5日仕事をするとか言う事はとても難しいです。車を持っていないので、両親に色々な所へ車で連れて行ってもらわなくてはいけません。」

ミックは、予測できない状態と共存する事と折り合いをつけている。「私の将来の計画はそんなに大きく変わっていません。」と言った。「まだ大学に行き、良い仕事を見つけ、人生を行きて行くつもりです。癌に関しては、手のような体の他の部分みたいに、私の一部です。受け入れて共存するようになりました。」

「この瞬間を生きて、自分らしく生きて、できるだけ長く人生を楽しむと言うことなのです。」

ミックは、原子炉の状態と真の放射能放出について米国政府を誤って導いたとして、東電に訴訟を起こしているグループの1人である。ミックは、放射能が自分の癌を引き起こした原因だと言う。

「私が訴訟に加わったのは、他の人にこういう事が起こらない様に、誰かが責任を取るためです。事実を隠すと言う事は、長い目で見ると誰かの人生を台無しにするし、それが他の人に起こるのを見たくないのです。」とミックは説明した。


「海軍に関しては、どこかに改善の余地があったわけではないと思います。海軍は(放射能に対しては)、訓練を受けていません。その時持っていた情報で、最善を尽くしたを思います。軍の仲間達や任務で行った場所には素晴らしい思い出があります。」

ある意味、ミックがまだ海軍に所属している間に気を失って癌の診断を受けたのは幸運だったと言える。今の所、ミックの医療費はカバーされているが、それは変わるかもしれない。

「医師達は、これが任務に由来するのか決めていません。」とミックは言った。

国防省が放射能は軍人達に何の健康被害も起こさなかったと前もって決め、トモダチ医療登録を廃止したため、ミックは、またさらに1人の、不治の癌と健康保険なしの海軍退役軍人になるかもしれない。

急速な老化
         マイケル・シーボーンは、海軍の航空機整備士としての17年間の間に、多くの部品が消耗するのを見て来た。厚木基地で整備をしたヘリコプターの多くは良く使われていたため、安全と最大の業績を確実にするために、部品が交換された。しかしトモダチ作戦の間には、ヘリコプターの部品、特にラジエーターと送風管は、エンジンに大量の放射性物質が吸い込まれたため、ほぼフライトごとに交換された。「

ラジエーターを再使用する事はできませんでした。」とシーボーンは言った。「交換しなければいけませんでした。水と洗剤を入れた樽に入れ、その樽を立入禁止テープのようなバリアの後ろに置きました。そして毎日放射能が樽から漏れていないかを測定しました。」

「樽からは放射能が出ており、放射性物質の自然崩壊には何年も何年もかかります。タイベックス・スーツを脱いだ後、それも切り刻んで樽の中に入れました。シールがついていたり汚れていたりしたものは、放射性物質が付着するから、全て樽に入れなければいけませんでした。樽に何かを入れれば入れるほど、放射能数値が上がりました。まるで繁殖してるかのようでした。」

それは、2011年春の、嵐のような80日間であり、永遠に終わった期間だとシーボーンは思っていたが、それは間違いだった。シーボーンの8歳の息子のカイが2011年5月に奇妙な病気になったのである。

「カイは吐くのが止まらなくて3週間学校を休みました。」とシーボーンは言った。「学校の規則では、吐いたら早退しなければいけませんでしたが、カイは1日に10−15回吐いていました。気分が悪かったのではなく、ただ吐くのが止まらなかったのです。」

「最終的にストレスのせいだと言われました。今でも同じような事が起こる時がありますが、何故これが起こるのかは分かっていません。」

だが、シーボーンの体調は良好だった。去年までは。

「2012年3月に、海軍の軍医が原因を説明できないような症状がありました。」とシーボーンは言った。「体の右側だけ、普通の強さの40−50%しかありません。MRIを2度、そしてレントゲンやエコー検査も受けましたが、原因が分かりません。」

「腕、胸と肩が痛くて、体の左側が右に比べてもっと大きくなってきています。右利きだから右をもっと良く使うので、これは変です。」

シーボーンもカイも、遺伝的カウンセリングやモニタリングを受けなかった。17年間の兵役の後は、海軍はシーボーンだけに健康保険を5年間支給する。「そしてその後は、何も健康保険をもらえません。退役後は、軍人はしばらくカバーされますが、家族には保険が支給されません。」

その5年が終わったら?「それは素晴らしい質問です。」と、体の右側だけが若年性老化現象を起こしているかのように弱くなり続けているシーボーンは言った。

「7万人の兵士とその家族のためにトモダチ登録はそのためにあり、10年か15年経ってから健康被害が出たら、兵役に関連しているから医療を受ける事ができるはずでした。しかし国防省がトモダチ登録を廃止したので私達がどうなるのか分かりません。」

シーボーンが東電訴訟に加わったのは、東電が、自分たちが起こしたダメージに対して責任を持ち、将来的な医療費を払うのを確実にするためだった。

「海軍に対して放射能の事で怒ってはいません。放射能と対処した事がなかったから、何が起こっていたのか分からなかったのです。海軍は私達に嘘をつきませんでした。海軍は最善を尽くしました。皆、盲目的に計器飛行をしていたのです。」

官僚社会の航海

原子力空母ロナルド・レーガンと第7艦隊がトモダチ作戦の終了後に日本から離れるにつれ、航海科士官プリムとイニスは安堵を感じた。やっと終わって、放射能調査チームから、もう安全だと言われたからだ。

「内部被ばくの検査などは受けませんでした。」とプリムは言った。「皮膚の表面を測定器で測定しただけでした。血液検査や他の検査は受けませんでした。」

「80日間あそこにいました。」とイニスは言った。「最後の方で、下あごに小さな腫れ物ができているのに気づきました。診てもらおうと思ったら、その頃には放射能専門家は船から去っていました。」

「その後、胃潰瘍になり始め、腫れ物がまた2つできました。ひとつは太ももの下の方、もうひとつは両目の間でした。」

空母レーガンは、1年間の除染とオーバーホールのために、ピュジェット・サウンドに向かった。イニスは4年間の入隊だったので、5年間の入隊だったプリムが兵役を終えるのを生産的に待つ間に、ワシントン州ブレマートンのオリンピック大学に入学した。

オリンピック大学でのイニスとプリム

「海軍で良く言う事があります。」とイニスは回想した。「何かというと、兵役終了後、髪の毛を伸ばして長いヒゲを生やすのだ、と言うのです。海軍にいる間は、ヒゲや髪を伸ばしてはいけないからです。」

「髪を伸ばして、あご髭も生えました。そして、毛が抜け始めました。今では髪の毛をクシでとかす事を滅多にしません。もしもクシでとかしたら、たくさん抜けてしまうからです。そして、何かを書いている時、右手が震えます。」

身長185センチで運動選手のイニスは、オリンピック大学フットボールチームのMVPになり、400mダッシュは、2012年オリンピック選考タイムの2秒以内だった。今は、1日を過ごすエネルギーを見つけるのも難しい。

「私はまだ25歳です。」とイニスは言った。「なのに、体がバラバラになってきています。こんなに痛みがあっていいはずはありません。体のケアはとても良くしていたのに、今は体内のスイッチが消されているようです。老人のように感じます。こんな状態はイヤです。」

「放射能が何かをしたかもしれないかは、わかりません。でも、これが自分のせいでないのはわかります。」

イニスは海軍が彼の医療記録を「失くした」と知らされた。だから、今の健康被害の症状を、空母ロナルド・レーガンでの兵役と結びつける事が不可能だということである。故に医療が必要でもカバーされない。

プリムにとっては、問題は最初はただ厄介な事にすぎないように思えた。「6ヶ月間、生理が完全に止まりました。」とプリムは言った。

ジェイミー・プリム

「何故生理が止まったのか分からないから、医者は妊娠検査を何度も何度もしました。でも妊娠していませんでした。そして6ヶ月後に生理が始まった時、あまりの出血に気を失っていたので救急室へ行きました。」

それは医学的な説明が明確でないけど再発する現象だとプリムは言った。普通の生理周期が突然迅速でコントロール不能な出血に変容し、病院で医療処置を受けなければいけなかった。2012年3月に喘息になって初めて気管支炎になったが、この後、12月に海軍を辞めるまでに、5回、気管支炎になった。

海軍は、婦人科系疾患を兵役に関連づけない。放射性物質の吸入がプリムの呼吸器系疾患に影響を与えたかもしれないという可能性は、国防省がトモダチ作戦の参加による健康被害はなかったと決めた時に、除外された。そのため、プリムも健康保険がない。

元航海科士官達は、フロリダ州ジャクソンビルに引っ越し、セント・ジョンズ・リバー州立大学に通っており、ノース・フロリダ大学への転校を希望している。2人共、海軍時代には良い思い出を持っている。

「自分の一部分では、海軍がわざと乗組員を傷つけるようなことをしないだろうと信じたいです。」とプリムは言った。「あの当時に出て来た数少ないニュースを覚えていますが、日本政府は福島第一原発からの危険はなく、放射能は漏れておらず、全てがコントロールされていると言っていました。」

「日本政府は嘘をついていました。私は日本政府を責めます。」

しかし、イニスは引き裂かれている。「日本政府は私達の政府に嘘をつきました。そして、自分の中では海軍はそんな事を乗組員にしないだろう、そんな危険な状況にわざと私達をおかないだろう、と思いたい気持ちがあります。」

「でも、まさにそれをしたのだ、と思う気持ちもあります。」